介護施設の経営・運営改善
少子高齢化が進む日本において、「訪問介護事業」は今後ますます重要性が増す分野です。介護のニーズが高まり続ける中で、「自分で訪問介護事業所を立ち上げたい」と考える方も増えています。
しかし現実には、毎年百件以上*の訪問介護事業所が倒産・廃業していることをご存知でしょうか?
*参考:東京商工リサーチ「2024年度「介護事業者」倒産 最多の179件 前年度から3割増、報酬改定の「訪問介護」が半数」(2025年4月)
理想や使命感だけでは続かないのが、介護業界の厳しさでもあります。本記事では、そんな厳しい環境の中でも「生き残れる事業所」をつくるために、開業前に知っておくべき全体像・注意点・成功のヒントをわかりやすく解説します。
訪問介護事業所の新規開業・立ち上げを検討している方は、ぜひ最後まで読んで参考にしていただけると幸いです。
訪問介護は、介護保険制度に基づくサービスの一つで、要介護または要支援の認定を受けた高齢者の自宅を訪問し、日常生活の支援を行うサービスです。訪問介護で提供するサービスは、大きく以下の3つに分けることができます。
身体介護とは、利用者の身体に直接触れて行う介助のことを指します。具体的には、入浴介助、排泄介助、食事介助、衣服の着脱介助、体位変換などがあります。これらは、利用者の自立支援を基本としながらも、安全かつ快適に日常生活を送るために必要不可欠な支援です。
生活援助は、身体に直接触れずに日常生活を支える支援を指します。掃除、洗濯、食事の準備や片付け、買い物代行など、利用者が自力で行うことが難しい日常的な家事全般を対象としています。
通院等乗降介助とは、介護タクシー等の手段を使って、利用者が病院や通所サービスに通う際の移動を支援するサービスです。単なる移送ではなく、「乗車前後の移動・乗降の介助」や「通院時の院内付き添い」が含まれることもあります(自治体の指定基準によって異なる)。
対象は要介護1以上が原則で、必要に応じて介護保険内での算定が可能です。
訪問介護事業所の売上・収益は、介護保険法によって定められている単位などから算出する介護報酬という形で得ることとなります。具体的には、訪問介護の場合は以下のような計算方法で介護報酬が算出されます。
地域区分 × サービス単位(基本報酬 + 加算) × 1ヶ月の訪問件数 = 売上
以下では、具体的な地域区分による単価や、サービス内容ごとのサービス単位について解説します。
まず地域区分とは、指定を受けている事業所が所在する市町村に応じて、1〜7級地とその他の8区分*に分けらたものです。
*具体的な市町村ごとの区分は「地域区分について」(厚生労働省)をご参照ください
2025年現在で、これらの地域区分ごとに定められている訪問介護におけるサービス単位1単位あたりの単価は以下の通りとなっています。
1級地 | 2級地 | 3級地 | 4級地 | 5級地 | 6級地 | 7級地 | その他 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
11.40円 | 11.12円 | 11.05円 | 10.84円 | 10.70円 | 10.42円 | 10.21円 | 10.00円 |
サービス単位についても、具体的に提供するサービス内容によって算定できる単位(基本報酬)が以下のように異なっています。
種別 | 項目 | 単位 | 1件あたり売上* |
---|---|---|---|
身体介護中心 | 20分未満 | 163単位 | 約1,858円 |
20~30分未満 | 244単位 | 約2,782円 | |
30分以上1時間未満 | 387単位 | 約4,412円 | |
1時間以上1時間半未満 | 567単位 | 約6,464円 | |
生活援助中心 | 20分以上45分未満 | 179単位 | 約2,041円 |
45分以上60分未満 | 220単位 | 約2,508円 | |
通院等乗降介助 | 97単位 | 約1,105円 |
*地域区分を1級地とした場合の単価で算出しています
なお、上記の基本報酬は令和6年の介護報酬改定にて、訪問介護については以前の単価よりも引き下げられることとなってしまいました。
そのため、訪問介護事業所が従来の水準で売上を維持するには、基本報酬に加えて加算を算定することがより重要となっています。加算の仕組みや、訪問介護で算定できる加算の種類については以下の記事でわかりやすく解説しているので、ぜひ参考にしてください。
訪問介護で算定できる加算については、以下の動画でも解説しています。※クリックすると動画を再生できます。
東京商工リサーチの発表によると、訪問介護事業所の倒産件数は近年上昇傾向*にあります。背景には次のような課題があります。
*参考:東京商工リサーチ「2024年度「介護事業者」倒産 最多の179件 前年度から3割増、報酬改定の「訪問介護」が半数」(2025年4月)
つまり、「人が足りない・儲からない・書類が難しい」と三重苦に陥りやすい業界なのです。
だからこそ、「なぜ失敗するか」を開業前に知っておくことが、最初の“倒産予防策”になります。訪問介護の失敗要因や、それを防ぐための対策案についてはこの記事の後半で解説しておりますので、ぜひ参考にしてください。
訪問介護の倒産が増えていると聞くと「開業しない方が良いかも」と思うかもしれませんが、ネガティブな話ばかりではありません。むしろ、制度的・社会的なニーズは今後も右肩上がりに増加していくと考えることができます。以下はその根拠です。
このことから、従来の失敗要因をしっかり防ぐことができれば、訪問介護には持続可能かつ社会的意義の強いビジネスモデルを築ける可能性があることがお分かりいただけるかと思います。
訪問介護事業所の開業は、「法人設立から指定申請・運営準備まで」、おおむね3〜6ヶ月程度かかるのが一般的です。
以下が基本的な流れです。
このロードマップを把握しておくことで、「何を・いつまでに・どの順序で」準備すべきかが明確になります。
上述のロードマップで記載した各ステップの詳細を1つずつ解説します。
訪問介護事業を行うには、まず法人格の取得が必要で、多くは「株式会社」「合同会社」「NPO法人」などの形態が選ばれます。以下にて、これらの法人格の概要や違いを解説するので、ご自身の目的に応じた法人格の取得を検討しましょう。
株式会社は、最も一般的な法人形態であり、訪問介護事業を営む上でも選ばれることが多い法人格です。出資者(株主)と経営者(取締役)が分かれているのが特徴で、資金調達の自由度が高く、信用力も相対的に高いとされます。
訪問介護事業においても、後々の事業拡大や融資を想定している場合は株式会社が適しています。定款認証が必要で設立コストはやや高めですが、銀行や行政、取引先からの信頼を得やすい点がメリットです。
合同会社(LLC)は、設立費用を抑えられ、経営の柔軟性が高いことから、近年選ばれることが増えている法人形態です。出資者と経営者が一致する「社員」主体の仕組みで、株主総会や取締役会などの設置義務がありません。
訪問介護事業を小規模で始める場合や、身内だけで経営する予定である場合には、合同会社は合理的な選択です。設立後の事務負担も軽く、法人登記費用が株式会社より安いのも魅力です。ただし、認知度がまだ低いため、一部の金融機関では株式会社に比べて信用力が劣ると見なされることもあります。
なお、個人事業主としての指定申請は基本的に認められていないため、必ず法人化しましょう。
NPO法人は、営利を目的としない特定非営利活動を行う法人で、地域貢献や社会課題の解決を目的とする訪問介護事業に適している場合があります。収益を上げることは可能ですが、その利益は構成員に分配せず、事業活動に再投資することが求められます。
NPO法人を選択する場合は、設立に時間がかかることや、所轄庁(都道府県・政令市)への認証申請が必要である点に注意が必要です。一方で、地域福祉との親和性が高く、助成金や寄付の対象になりやすいなどの社会的メリットもあります。
事業計画は、「創業融資の審査」「指定申請の基準確認」「開業後の経営安定」に直結する非常に重要な工程です。特に以下の3点は重点的に作成してください。それぞれの注意ポイントを簡単にまとめてみました。
資金繰りを検討する上で、必ず加算の取得・算定についても併せて検討しましょう。
加算は基本報酬に上乗する形で得られる貴重な収入源で、訪問介護事業所が算定できるものだけでも10件以上あるので、加算による売上への影響度や、算定できる加算の種類については以下の記事をぜひ参考にしてください。
事業所は事務所兼スタッフの拠点として必要であり、以下の条件を満たす必要があります。
※物件の賃貸契約時に「介護事業で使用」と明記しておくとトラブル防止になります。
訪問介護は人員配置基準が明確に定められていて、以下の要件を満たさないと指定を受けることができません。
職種 | 人数 | 資格 |
---|---|---|
管理者 | 1人 | なし |
サービス提供責任者 | 1人以上(利用者人数40人を超えるごとに1人追加する) |
|
訪問介護員(ホームヘルパー) | 常勤換算で2.5人以上 |
|
業務に必要な最低限の設備を整えます。
介護保険事業者として介護保険法に基づく介護報酬を得ることを行政から認められるためには、基準に基づく指定*を自治体から受ける必要があります。
*参考:厚生労働省「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」
この指定申請手続きは令和4年からオンラインで行うこともできる*ようになり、自治体によっては電子申請を原則としている場合もあるので、申請方法については必ず各自治体の情報を確認するようにしましょう。
*参考:厚生労働省「介護事業所の指定申請等のウェブ⼊⼒・電⼦申請の導⼊、文書標準化」
例として東京都においては以下のようなスケジュールが明示されています。
参考:東京都「介護保険事業者指定のガイドブック」
申請から指定まで1〜2ヶ月半程度まで要すことになりますが、上述のように申請前に事前申請や研修受講が必要になる場合もあります。手続きに漏れがあると指定が数ヶ月レベルで遅れてしまうこともあるため、指定申請を検討する段階で各自治体に必ず手続きを確認することと、スケジュールに余裕を持つことが大事だと言えます。
具体的な必要書類については、申請する自治体の情報を確認する必要がありますが、参考までに東京都における必要書類は以下の通りとなっています。
申請前には必ず都道府県や市町村の介護保険課に事前相談を行いましょう。
地域により「独自の書類様式」や「運用上の注意点」があるため、早めの相談がトラブル回避の鍵です。
BCP(業務継続計画)の基本や策定方法については、以下の記事でわかりやすく解説しています。
訪問介護事業を開業するには、ある程度まとまった資金が必要です。ここでは、どのような費目があり、どのように資金を集めるべきかを解説します。
開業時にかかる費用は、事業規模や立地条件によりますが、おおよそ800万〜1,000万円程度を見込んでおくと安心です。以下は主な内訳です。
項目 | 内容 | 金額目安 |
---|---|---|
物件取得費 | 敷金・礼金・仲介手数料 | 50〜100万円 |
内装・設備費 | 備品購入、通信環境整備など | 50〜100万円 |
人件費 | 採用・研修・初月給与の準備金 | 150〜300万円 |
登記・手続費用 | 定款、登記、申請書類など | 10〜30万円 |
運転資金 | 3〜6ヶ月分の家賃・給与・管理費など | 300〜500万円 |
※事業規模や立地条件により差があります。
開業資金を準備する方法には、以下のような手段があります。
*参考:日本政策金融公庫「新規開業・スタートアップ支援資金」
融資審査で重視されるポイントは以下の通りです。
特に訪問介護は「介護報酬での収入=入金まで2ヶ月遅れ」となるため、運転資金の確保と見せ方が重要です。金融機関から信頼される“数字の裏付け”が、資金調達成功の鍵を握ります。
訪問介護事業は、制度や社会的ニーズに支えられた有望な分野である一方で、倒産や廃業のリスクも高い業種です。ここでは、よくある失敗パターンと、長く安定して経営を続けるための成功のポイントを紹介します。
過去の倒産事例から学ぶ、訪問介護事業における経営失敗の主な要因として、以下のようなケースが考えられます。
一方で、経営難に陥らないためにはどういったことがポイントになるのかを、以下に整理しました。
介護のコミミでは無料で始めることができるおすすめeラーニングサービスも紹介しています。興味がある方は以下の記事を参考にしましょう。
介護職員等処遇改善加算(通称、処遇改善加算)については以下の記事でもわかりやすく解説しています。
A: 原則として、訪問介護事業所は法人格が必要です。個人事業主では介護保険事業者の指定を受けることができません。
A: 開業者自身に特別な資格は不要ですが、配置義務のある「サービス提供責任者」や「訪問介護員」には、所定の資格(初任者研修、実務者研修など)が必要です。
A: 書類提出から指定通知までは2〜2.5ヶ月程度が一般的です。ただし、都道府県・市町村によってスケジュールが異なるため、事前相談が必須です。
A: 最低でも3ヶ月分の運転資金(家賃、人件費など)を確保しておくと安心です。訪問実績が安定するまでは収入が不安定なため、6ヶ月分を目安に備える事業者も多いです。
A: 地域包括支援センター、ケアマネジャー、医療機関との連携が鍵となります。信頼関係を築き、紹介を受けられる体制を整えることが集客の要です。
訪問介護事業の開業には、法人設立・人材確保・資金調達・指定申請など、多くの準備と知識が必要です。加えて、倒産や失敗のリスクを避けるためには、事前の情報収集と現実的な経営戦略が欠かせません。
一方で、地域に根ざした信頼ある事業所を築くことができれば、社会貢献性も高く、やりがいのあるビジネスとなります。
この記事を参考に、あなたの開業への一歩が確実なものになるよう、丁寧に準備を進めていきましょう。もし不安がある場合は、専門家や自治体の相談窓口の活用も視野に入れてください。
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